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闇が満ちるまで 3




目を覚ますと寝台の上に寝転がっていた。
やけに気分が晴れやかだ───とても至福な夢を見たおかげだろうか。
ただ内容は曖昧ではっきりと思い出せない。
憶えているのはあの目だけ。

赤いふたつの目、それだけはくっきりと心に刻み込まれている。
───深い深い何かを秘めていた。

それは呑み込まれそうな、孤独という闇。

夢の中で見たもの。
過去で実際に見た覚えもない。

だのに、心が叫んでいる。

───現実だ、と。

現実であってほしいという願いではない。
何とも根拠の無い確信だ。
それなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろうか。

───あの目をまた見たい。
夢ではなく、現実で。





それから尚耶は前のように武人としての依頼を積極的に受けてこなしながら、夢の情報を集めた。
赤い目を見たという夢はいくつか聞いたが、求める彼女のものであるかどうかは分からない。
夢を見てから何かしらの変化があったという話もあり、それも彼女に関係しているのではないかと彼は考えた。

しかしそれで彼女の現在地が分かるわけではなく、探し始めてから1年ほど経った。

彼はいまだ諦められずにいた。
どうしてもあの目をまた見たいと焦がれて仕方ないのだ。
常に周囲を見渡して探す癖がついた。

もしかしたらどこかに居るかもしれないと。

そんなある日、祭り騒ぎで人混みの激しい道を通っていた時のこと。
ふとひとりの女が視界に入った。
金髪緑目の可愛らしくうら若き女性。幼馴染にとても近い雰囲気がある。
好みの外見なのもあって思わず目で追いかけ、そのまますれ違った刹那。

胸が心が今までになくざわついた。

彼は反射的に手を伸ばして、女の腕を掴んでしまった。

「おい…っ」

ふたりの目が交じる。

───世界が急激に変わった。
尚耶のざわざわしていた心がピタッと静かになる。
全ての雑音が耳に入らなくなり、目前の女しか視界に入らなくなった。

「あら…」

彼が掴んだ先から色が変わっていく。
彼女の肌がきめ細やかな白から、しっとりとした褐色へ。
細やかに波打った金髪がふわりとなびいて、毛先から黒く染まりながら大きめの曲線を描いてゆく。

「なんだ…?」

高く澄んだ声はやや低めに響くものへ。
胸ほどまでしかなかった身体が細く伸び、尚耶と同じほどの背に。
顔の丸い輪郭が角ばったものになり、華奢な可憐さは跡形もなくなる。

───穏やかな緑だったはずの目は赤く赤く煌めいていた。
本来なら白目のところが黒く、その中で鮮やかな色のそれが何とも言えぬ魅力を放っている。

それは妖しい美しさを放つ女。
先程の可愛らしさはどこにも全く無い。
長身でクン族のようにも見えるが、ちらっと見える耳は尖っていないからジン族だろう。

「見た覚えがある顔…」

無愛想な顔が傾げられ、見透かすような目が容赦なく尚耶を突き刺す。
それでも彼は彼女の腕を掴む手の力を緩めなかった。

「ああ、かつて喰らった人間のひとりか」

不思議なことに周囲の人々はそんなふたりに全く気に留めず、そのまますれ違っていた。

「自らの意思で見つけた、か…」

「君は───」

「これでは獲物に接触出来ない」

赤目が逸れ、尚耶の背後向こうを見やる。
彼もつい釣られて、彼女から視線を外してしまった。
向こうに見えたのは橋の中央で池を虚ろな目で眺めている老人。
先程見た金髪の女にどこか似ている。

「なぁ、君は一体───」

視線を戻し、そう問おうとした尚耶は唖然とする。
目の前にいたはずの女は跡形もなく消え去ってしまっていた。
確かにこの手で掴んだはずなのに。
通り過ぎる人々も相変わらずこちらを気にしたふうもない。
それらもあって余計に幻だったのではと思わせた。

───それでも。

「やっと、会えた…」

少しでも彼女の名残が無いか、鼻に手のひらを近づける。
ほんの微かに、どこか甘ったるい匂いがした。

それすらも尚耶の願望による幻覚かもしれない。
だがしかし、確かにこの手で掴んだのだ。

「───また、見つけてやる」

彼は改めて決心を固めた。
次に見つけた時はもっと彼女に触れようと。





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闇が満ちるまで 2



二十歳だった尚耶は二十五歳になり、門派を卒業し武人としての任務をこなしながら仇を探していた。
その一年後、やっと仇を見つけ───復讐を果たした。
あっさりとしたものだった。
それほど尚耶が強くなっていたのもあるし、慎重に確実に復讐出来るように準備を重ねていたのもある。

それから尚耶はぼんやりとすることが多くなった。
念願だった復讐をやっと果たしたからだろうか、燃え尽きたかのように無気力状態になってしまったのだ。

ひと月ほど経っても全く変わらず、その夜も宿の借り部屋でちびちびとお酒を呑みつつ、ぼーっと夜空を眺めていた。

「にゃあん」

どこからともなく黒猫がやってきて、尚耶の足下へ擦り寄ってきた。

「お…可愛いにゃんこだな」

動物好きな尚耶は躊躇いなく黒猫を抱き上げた。嫌がる素振りもない黒猫はじっと彼を見つめた。

金目と青目が交わった瞬間───世界が変わった。

黒猫は跡形なく消え、薄暗い部屋から明るい野原に。
眩しさに目を細めていると、誰かがやってくるのを気配で感じた。

「なおちゃん」

その声で夢だと確信した。
何故なら───もう現実には存在しないものだから。

「……---」

口に出したのは幼馴染の名。
瞼を開けると、あの頃のままの彼女が微笑んでいた。
腰まで波打つ金髪と空のように澄み渡った青目の可愛らしい少女。

「───なおちゃん、ありがとう」

彼女の明るく喋りかける声が好きで、似た声を聞くと切なくなったものだ。

「私たちの無念を晴らしてくれて…」

昔よりもゴツゴツになってしまった手に、小さな手が触れた。
確かな温もりがあり、夢にしてはリアルな気がした。

「でも、これ以上…あなたを縛りつけたくない」

青目がふっと憂いに陰った。

「これからはあなたらしく、あなただけの人生を生きて…」

世界がまた変わった。夜へと。

「いつまでもお酒浸りはダメよ、もっと自分を大事にして…」

ふふっと小さな笑い声が朗らかな星空に響き渡った。

「だから、この想いはわたしが持っていくね」

彼女の顔が近づき、額に柔らかな感触と懐かしい甘さを帯びた香りが鼻をついた。

「さぁ、しばらく安らかに眠って───…」

至福なひと時に眠気がやってきた。
そこで不意にこう思った。

───こいつはあいつじゃない、別の誰かだ。

それでも包み込みこんでくる温もりは堪らなく優しくて、瞼が重たくなるのは止められなかった。

どう見てもあいつそのものなのに何故そう気づいたのかは分からない。
あえて言うなら長年狩人として培ってきた勘によるものだ。

世界がまた変化し、黒に覆われた。
それは夜ではなく完全なる暗闇。

───待って、くれ……君は…誰だ…?

彼女の頬へ手を伸ばそうとするが、それよりも意識が落ちる方が早かった。
全てが闇に満ちる直前、それが見えた。

きらびやかな金髪が風で舞い上がり、彼女の目が鮮やかに煌めいたのだ。

青から───赤へ。




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闇が満ちるまで 1







───赤く赤く煌めくふたつの目。

夢の記憶はあやふやなものだが、その鮮やかな赤だけはよく憶えている。
瞼の裏に焼き付いて消えないほどに。

そしてそれは現実だと心が咆哮している。












とある盛んな都。

商店街独特の喧騒を浴びつつも人混みをうまい具合に避ける青年がひとり。

ゴン族ほどではないがジン族にしては背高い方の彼はあちこちに目を走らせていた。何かを探すように。
やや長めの白銀髪から覗く目は薄青で、通り過ぎる女たちが思わず見惚れてしまうぐらいには精悍に整った容貌だ。
時折ゴンやジン族の女が彼に誘いを仕掛けるが、にこやかに話を交わしたかと思うと最後には残念そうな顔をして彼から離れていった。
どのぐらいあちこちをうろついていただろう、数時間ほどして彼は深い溜息を吐く。

───今日は見つけれなかった。

落胆した彼はすっかり暗くなってしまった空を見上げ、切なげに眉をひそめる。

───早く見つけたい。
こんなにも君を求めている。
心が体が叫んでいる、君を早く見つけ抱きしめたいと。













───彼は狩人だった。
山に囲まれた村に産まれ、尚耶(なおや)という名を授かり、口煩くも良き両親、優しくて可愛い幼馴染、陽気な村人達が彼の世界だった。
この村で幼馴染と近いうちに夫婦となり、子供に狩りを教え、穏やかで幸せな生活を送り、ここに骨を埋めると思っていた。
いや、そう確信していた。

だがそれはある日、突如に崩れてしまった。

武人だという男がひとりやってきた。
訪問自体はそんなに珍しいことではないが、その武人が問題だった。
どうしようもなく女好きで手癖が良くなかったのだ。
幼馴染は村一番の美人と言われるほど可愛らしく、当然ながら武人の目に止まってしまった。
武人はゴン族の男らしく大きく立派な体格で、その怪力に逆らえる者はそういない。ましてや女なら尚更。

その時間帯はタイミング悪くも、尚耶や働き盛りの男たちはいつもの狩りや商売に出かけていた。
警備団は数人居たが、武人に対しては全くの無力だった。

だからこそ悲劇は避けられなかった。


尚耶が戻ってきた時には何かも終わった後で、武人の姿はもう無かった。
家の前を囲む村人達をかき分けて見えたのは、無残な姿となった両親と幼馴染。
嫌な予感はしていた、村についてからずっと周囲が悲しそうにこちらを見つめていたからだ。
それでもあまりにも酷い有り様に言葉が出なかった。誰もがそうだった。

「……っ…」

父が微かに身動きし、呆然としていた尚耶はハッとしてすぐにそばで膝をついた。
こちらへ向けられてきた手を握ると震えていた。どちらの震えかはわからない、どちらもだったかもしれない。

「……な…おや…」
「親父っ!」

かすれ声を絞り出した父の瞼は腫れ上がり、顔全体も誰だか分からないほどに変形し赤黒く染まってしまっていた。

「…す…ま……ん…」

その言葉に尚耶はただ首を縦に振り、顔を歪ませるしか出来なかった。
カクン、と握った手から力が抜け落ちた。

尚耶は涙すらこぼせず、ただただその場で膝をついたまま俯いていた。
村人達も悲しみに暮れながら、しばらくそのまま見守ってくれた。


後になって、尚耶は包帯だらけの警備から謝罪と共に起きた事を聞いた。

大男の武人は幼馴染に手を出そうとしたが、ちょうどそばにいた尚耶の母がなるべくやんわりと手を退かして断った。
それでも短気な武人はキレて、母の頬に向けて拳を振りかざした。
幼馴染の悲鳴が響き、目の前の家の中からすぐに父が駆けつけてきた。
何をするんだと怒鳴る父に、武人は容赦なくまた拳を振るった。
警備のひとりが駆けつけて来た時にはもう父はかなりのボロボロで、それでも何とか立ちながら母と幼馴染を背中にして守っていた。
しかし武人も諦めずに腕を掴んできた警備をぶん回して離し、父を更に殴り飛ばして退かした。
頬をひどく腫らした母は勇敢にも武人を睨みつけながら、前に出ようとする幼馴染を背中に回した。幼馴染の体は恐怖に震えていた。
そんなふたりが気に食わなかったのだろう、武人は父にしたように何度も何度も殴ったり蹴ったりした。ふたりが動かなくなるまでずっと。
村人の何人かが武器を持って止めようとしていたが、軽々と受け止められたりして全く歯が立たなかった。


全て聞いた尚耶は苦しげに眉を寄せながら、そこでやっと涙をこぼした。


葬式を終えてひと月ほど経ち、尚耶は村から出て山を越えようとしていた。
幾度も自分に問いかけて決めた道だ。

───復讐したい。
なら、強くならねばならない。
武人は普通の人とは違う、自身を鍛えないと敵わないかもしれない。
それに人を殺すということは罪だ。相手が何者であっても。
その重さを背負っていけるだろうか。

だが、それでも───…仇をうちたい。

尚耶は腕の立つ狩人で頭の回転も早く、仲間達に慕われていたぐらいだ。
だからこそ復讐は簡単に果たせるものでは無いと今の己の力量を理解していた。相手が武人なら尚更だ。
村を出て己を鍛えたいと、まず村長へ挨拶した。村長はわかっていたかのように頷き、いくつか荷を尚耶に持たせた。

「止めはしない。むしろとっちめてやれ」

村人達も窓から見守っており、同意するように大きく頷いてくれた。

「銃撃士門派への紹介状も書いておいた。旧友がそこにいる、お前に良くしてくれるだろう」
「あ……ありがとうございます…!」

そうして尚耶は村人達の暖かい見送りを背中に、村を発ったのだ。





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